司馬懿 ***** 誰が主役かわかりませんね |
「宴って好きになれないのよね」
「あら、どうして?」 甄姫は菊奈の部屋でお茶を飲みながら寛いでいる 甄姫が側に来て腰に垂れている菊奈の髪を手に取りうっとりとした表情で見つめている 「何?」 「綺麗な髪。それに白い肌・・・この唇は艶やかで女の私だってドキドキするわ」 「・・・甄姫に言われてもねぇ」 目の前にいる甄姫は美しく菊奈とてドキドキしてしまう程に色っぽくて・・・ っ・・・違う・・・こんな話してたわけじゃないのに・・・ 「私より甄姫が綺麗なのに」 「ふふっでも、あのおじ様達は菊奈が一番みたいね」 「言わないでよ」 ぷぅっと頬を膨らませて拗ねる菊奈はやはり年相応 いつもは剣を片手に司馬懿の護衛兵として戦場を駆け巡る そして、その智謀の高さも菊奈を美しくみせる一つだった 「菊奈は軍師にはならないの?」 「まさか。私には無理よ」 「どうして?司馬懿殿みたいに高笑いして戦場に立つと笑えるかもよ」 「別に戦場で笑いものになりたいとは思わないし」 「残念ね。あなたと司馬懿殿が二人でふはははは!!なんて笑ってたら敵も逃げ出すでしょうに」 「・・・似合わないから・・・甄姫にその笑い」 菊奈がこめかみをぴくぴくさせながら苦笑いすると甄姫もふっと笑い 「自分でも思ったわ・・・」と言った 「なら変な事しないでよ」 「ふふふ。さっ準備も出来たし行きましょう」 「あーあ・・・やっぱりダメ?」 「駄目。あなたが逃げ出さないように私がここに居るのよ」 「仕方ない・・・か」 慣れない衣装で甄姫の後を追い宴の場所へ進むと皆ほろ酔い加減で二人の到着を待っていた。 甄姫が少し腰をおって「お待たせしました」と言うと皆が一斉に顔を上げる 「おお。待っておったぞ」 曹操がここじゃここじゃと言わんばかり手をふる 「・・・行きたくない」 「諦めたら?私も行くから」 「おお。やはり二人は綺麗じゃの」 「お上手ですね」 甄姫はニッコリと笑って酌をする その隙に曹操の手が甄姫の腰に回ると背後から低くきしむ様な声が聞こえた 「父上は死にたいと見える」 「もう来たか・・・」 曹操は息子である曹丕を見るとチッと舌打ちをして席をあけた 「お前も大変だな」 曹丕が菊奈をじっと見つめてそう言った 「あっ・・・そんな事ないですよ。皆さんお優しいですし」 「ほら見ろ」 そう言った曹操は性懲りもなく今度は菊奈の腰に腕を回そうとした その時・・・又背後から声がひとつ・・・ 「退け」 「・・・お主・・・仮にも儂は君主だぞ」 遅れて来た夏候惇が曹操と菊奈の間に入り込む 「お前と俺との間でそんなものが成立する訳ないだろう」 ぶつぶつと文句を言う曹操を横目にふんっと笑った夏候惇は菊奈の頭に大きな手を当てると今宵も美しいなとそっと囁いた 「・・・・あっ・・・ありがとうございます」 真っ赤になって俯いた菊奈 「・・・やるな」 「あれがアイツの恐ろしい所じゃ・・・」 「成るほど」 そんな親子の会話など耳に入らぬわ。と言わんばかりに菊奈に酒を勧める夏候惇 「いえ・・・私は飲めませんから・・・」 「少しなら良いだろう」 そう言っては並々と注がれる酒をしぶしぶながら口にしている菊奈が酔いが周るのは当然の事だった そして何杯めかの杯を手にした時に現れたのは菊奈の思い人である司馬懿 「遅かったな」 夏候惇は自らに寄りかかっている菊奈に手を回し司馬懿に不敵な笑みを投げかける 「申し訳ない」 「何気にする事ないぞ」 曹操は暢気に笑っている 司馬懿は夏候惇の元に歩み寄ると菊奈を抱き起こし大声で叫んだ 「馬鹿めがぁ!!」 「はっ・・・はいっ?」 「お前は何をしている」 司馬懿は今目の前の現状が気に入らなかった ポッと頬を染め夏候惇にもたれている菊奈 夏候惇の手は菊奈の腰にあり菊奈もそれを許している 「全く素直じゃないわね」 甄姫がクスクス笑いながらそう言うと司馬懿は冷たい視線を甄姫に向ける 「貴女という方が居てここまで飲ませるとは・・・呆れたものですな」 「仲達・・・我が紀に無礼であろう」 曹丕が司馬懿を見据えながらそう言うと甄姫は曹丕の手に自分の手を重ねると耳元に唇を寄せ「いいのよ。気にしてないから」と囁いた 「うむ・・・甄姫は子桓の操り方が上手いの・・・」 それは、血の上りやすい曹丕を簡単に操縦してしまう甄姫を見て曹操だけでなく皆が感じていた 「菊奈」 夏候惇は菊奈を引き寄せた その様を見て司馬懿の顔が一瞬引き攣った だが、常に冷静さを基に行動する司馬懿の表情は一瞬で元に戻る そう・・・軍師は冷静でなければ務まらないから 酔いの回っている菊奈は甘えるようにして夏候惇の胸に手を預けそっと見上げる その姿はまるで夜の衣を身にまとい男を誘っている女そのもの 流石の夏候惇もクラッときたが大切な菊奈が心を寄せている相手は自分でなく司馬懿仲達だと十分に理解している為、理性を総動員して気持ちを抑え込む 「お前も甘えてみろ」 「誰にですか?」 うっとりとした表情で夏候惇に問う菊奈を見てこの男が黙っているわけない 「儂にだろう」 そう言って曹操が菊奈の側に近寄ると・・・ 夏候惇は「お前は妾の機嫌取りをすれば良い」と言う 「貴方にですか・・・?」 じっと見つめる菊奈の顔は何とも言えぬ艶を出している そんな菊奈を困ったように見つめていた夏候惇はやっとの事で声を絞り出すと菊奈の耳にそっと囁いた 「お前の仲達にだ」 司馬懿の名を聞いただけで瞬時に赤く染まった頬 だが司馬懿にはその言葉が聞こえていないだけに焦りが生じる 「私は帰らせてもらう・・・」 「ほら帰ってしまうぞ」 そう言って菊奈の背を押すと菊奈はよろよろと立ち上がり背を向けた司馬懿の背中にそっと身を寄せた 「な・・・・・な・・・何をしておる!!無礼者!!」 真っ赤になって菊奈を引き剥がそうとする司馬懿だが菊奈は意地でも張りついていて司馬懿から離れようとしない 「仲達様・・・」 「な・・・だれが仲達と呼んで良いと言った」 「駄目ですか?」 背の低い菊奈が司馬懿の顔を見つめようとすればそれはもちろん見上げなければ無理な事 いつもなら、そんな仕草も取るに足らない事だが何と言っても今宵の菊奈は酔いが加勢し女としての魅力を最大限に放っている 「・・・仕方ない」 「ありがとう・・・仲達様」 心臓に悪いとはこの事だな・・・ 人前でこんな痴態をさらすとは・・・周囲の目が今誰に注がれているか それは・・・もちろん司馬懿と菊奈でしかない 「いちゃいちゃするなら部屋に戻ってね」 甄姫がそう言うと司馬懿は大声で叫ぶ 「私を子桓様や殿と一緒にされては困る!!」 「お前も失礼な奴だな」 曹丕はムッとした顔でそう言ったが司馬懿の顔を見てふっと笑った 「仲達。飲んでいないのに酒に酔ったか?」 「何を・・・」 曹丕がそう言うのも無理はなかった 口で何と言おうとも司馬懿の腕はしっかりと菊奈を抱きしめ そして顔は赤くなり、幸せそうな笑みを描いている 「そうだな。今日の司馬懿殿は随分と顔色が良い」 次々と投げかけられる言葉は菊奈を腕に抱いている司馬懿に対しての嫉妬と そして常に冷静で焦った顔を見せた事のない司馬懿をからかうが為 そして・・・さんざん投げかけられたからかいの言葉は残っていた理性と冷静さを奪い取る結果になる 「馬鹿めがぁ!!これごときではしゃぐでない!!」 そう言った司馬懿は菊奈を腕に抱き上げると激しく唇を奪った これには周囲の者達も口をあんぐりと開けポカンとするしかない 「ふはははは!!何だそのアホ面は」 そう言った司馬懿は高笑いしながら菊奈ごと宴の席から姿を消した 取り残されたもの達は・・・ 小さくなっていく二人をただ呆然と見つめていた 「司馬懿もなかなかやるな」 「俺にアホ面と言ったか?」 「儂も言われた・・・気にするな」 「仕方ないわね。皆さんが悪いのですし」 「仲達め・・・」 「司馬懿様・・・」 「何だ」 「あの・・・一人で歩けます」 「酔いは醒めたか?」 司馬懿がそっと下ろすと菊奈はさっと司馬懿の側を離れ俯いて頭を下げる 「申し訳ありません」 「・・・・謝る前に行動を慎めと言ったはずだ」 「・・・はい」 「馬鹿めが・・・こっちへ来い」 菊奈は顔をふってそれを拒む 「何をしている。こっちへ来いと言ったはずだ」 「で・・・でも・・・」 「馬鹿もの!!私の命令がきけぬのか?」 突然の怒鳴り声に菊奈は日ごろの習慣でそれに従った すると司馬懿の腕が菊奈の体を優しく抱きしめた 「司馬懿様?」 「仲達だ」 「えっ?」 「今宵だけだ」 菊奈を見つめるその顔はいつもの司馬懿仲達とは違い優しい笑み 「はい」 司馬懿は腕の中でじっとしている菊奈を見下ろしながら 明日は何と言われる事か・・・ そう考えていた どうせ殿の事だ・・・やったのか そう聞く事はわかっている 「それもまた一興」 そう呟いた司馬懿は菊奈の唇を優しく塞いだ |