戸惑いは隠せない
体の調子は戻ってきた
だからと言って今まで敵として戦ってきた魏の鍛錬場に顔を出す勇気もなく
それ以上に部屋で夏候惇の帰りを待つ気分にもなれず
「ちょっと出かけてきます」と、葵亜に与えられた部屋を掃除していた女官に遠慮がちにそう告げると・・・
「大丈夫ですか?」と心配そうな返事が返ってきた
「大丈夫・・・ですよ。」必死に作った笑顔は女官にもわかったのだろう
「葵亜様。ご無理は・・・」
「ごめんなさい。少し一人になりたいだけだから・・・」と・・・せっかく心配してくれているのに・・・何故素直になれないのか・・・
ここが敵陣で・・・私は戦で捕らえられた敵兵で
夏候惇に囲われている女・・・だからなのだろうか?
自分でも理解できない感情に
思わず漏れたため息は・・・よほど重かったのだろう
「出過ぎました・・・」と頭を下げ部屋を後にした女官の行動が教えてくれた
「何してるのかしら・・・・」
呟きは誰にも聞こえない
苦く笑い、ただボンヤリと考え事をしながら久しぶりの新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み・・・ゴロンと寝転がった
こんなに緊張して・・・
こんなに、ゆったりとした時間を過ごすのは軍師として、副将として戦場に立っていたあの頃には感じることはなかった
それでも呂布の隣に立ち剣を振るう事は葵亜の喜びでもあった
殺戮は好きでなかった
呂布の戦いはある意味判りやすく
それでいて酷い・・・と感じることもあったが、そんな男でも葵亜には優しかった
初めては無理矢理だった
何も知らない葵亜の元へ訪れた呂布は泣きながら抵抗する葵亜を何度も何度も奪い・・・何度となく逃げ出そうとした葵亜を力でねじ伏せた
「・・・馬鹿な人だった・・・それでも・・・」
「愛していた・・・・か?」
聞いたことのない声に緊張が走った
持っているはずもない剣を探し、ふと気づいたことは・・・ここは魏
私は捕らわれの身・・・だった・・・で
恐る恐る声のした方に視線を移すと
「・・・・・・曹操・・・・・・様・・・」取ってつけたように様をつけた葵亜を可笑しそうに見た後、当然のように隣に座った男は「お主が元譲の玩具か?」と笑い
その言葉に怒りを隠せない葵亜の目が生気を取り戻すと「ほぉ・・・良い目をしているな」と見据え、その視線も正面から受け止め曹操を睨みつける葵亜に「なるほど・・・な」と何を満足したのか曹操は一人笑い
「何故鍛錬しない?お前は護衛兵だろう?」と長く剣を握っていない葵亜の手を握ると・・・・
「例えお前でも元譲を死なせると容赦せぬぞ」と何か含みのある言い方で葵亜を叱咤した